伝統的な木組の家と高断熱高気密、もっと交流できたら良いと思う

省エネ基準義務化の議論で見えた共通点

先日(2019年1月5日)省エネ基準義務化の見送りの議論があり、パブリックコメントの募集が行われました。今では住んだ後の省エネルギー性能を最も重視していますが、元々僕は手刻みで土壁を付ける親方に大工仕事を習ったことが始まりだったので、両方の意見をフォローしながら見ていました。

僕の所属するパッシブハウスジャパンも含め、高断熱高気密を推奨する人たちが目指す世界は、住み続けるときに家自体が使うエネルギー消費を少なくし、環境負荷を下げようということを重視してつくられています。

では、いわゆる高断熱高気密ではない、伝統工法を真剣に志す人が環境のことをないがしろにしているかというと、そんな人には会ったことがありません。使う材料はほとんど再利用が可能であり、廃棄しても自然に帰るので、製造と廃棄における環境負荷についてこだわりがある人ばかりです。

基本的な考え方に対立点があると思えないのに、中途半端な誤解が不毛な対立を生んでいる気がしてなりません。

高断熱高気密と伝統工法

いわゆる高断熱高気密は、断熱をきちんとして、空気の漏れを塞ごう、ということです。土壁や手刻みと対立する概念ではありません。

部屋の中で暖房器具を使う以上、その暖房器具が効くようにすること自体は否定する人はいないでしょう。断熱を付加することでエネルギー消費量が減るなら、これはすんなり受け入れられる話だと思います。

高気密にしても、個人的には元々強い抵抗がありましたが、勉強するにつれて、極めて理にかなっていると理解しました。漏気することの熱損失、換気効率を考えると、気密を取ってしまうことは極めて理にかなっています。部屋の内側を空気も湿気も通さないビニールで密閉する、ということではありません。湿気を通す素材(タイベックなどの透湿シート)でもいいですし、構造用の耐力面材でも可能です。内張用の気密シートも湿気を通す製品がすでに複数市販されています。

流石に表も外も真壁造となると難しいですが、内側を真壁にしても、外側に外装材を張るのなら、その部分で気密を取ることができます。

問題は、伝統を言い訳にした中途半端さ

伝統的な日本建築は、高温多湿の地震大国である日本において、長い時間で培われた叡知の結晶だと思います。伝統的な技術の保存や、木組みの架橋の美しさ、再生可能な材料を用いることに真剣に取り組む工務店や大工さんを、僕は尊敬しています。伝統的な工法を貫くいえづくりを阻害するなら、画一的な省エネ基準の上にのせるべきではないとも思っています。

一方で、昔からやってきたと言い訳にしながら、ここ数十年で出てきたプレカットと合板と石膏ボードに気密も取らず、貧弱な断熱を行っている中途半端ないえづくりが、少なからず存在することも事実です。それは、住まい手の為にならないし、長期的に資産としての住宅を毀損することにつながり、社会のためにもならないことは断言できます。

わたしたちの目指すところ

僕にとってランニングコストがかからず、快適で省エネルギーに生活できることが家づくりの最優先事項です。その手段として、高断熱高気密に家を作ることを選んでいますが、伝統的なやり方が間違っているとか、廃棄時のことに関心がないとは思っていませんし、伝統的な日本建築から学べることは少なくありません。逆の立場の伝統工法の人も、家が快適でなくても良いとは考えていませんし、エアコンを家に何台も付けるべきだと思ってはいないはずです。

環境と人間のことを考えている、という根本は同じなのですから、伝統的な日本家屋の美しさに、より快適さを加えるための断熱強化や、逆に高断熱高気密だけれど土壁の持つ調湿性を取り入れるなどの工夫をしながら、いえづくりが前に進んでいくことを願っています。

この記事を書いた人

田上知明

AFP・2級FP技能士 / 2級建築施工管理技士 / 省エネ建築診断士
東京で3年間の会社員勤務の後、自分の家を自力で建てることを志して、建築業界へ。自分の家を建てるはずが、お客さんの家ばかりを建て続けて、結局そのまま大工をするようにになってしまい、結婚を機に鳥取の智頭町へ移住。
美しい田舎で建てたり狩ったりしながら、ぼちぼち暮らしたいと思っていたが、意外と忙しいのと、自分の家がまだ建てられていないことが目下の悩み。