結局僕は建築業界の何が楽しいのだろう

今では元請をしているのですが、そもそも大工を職業にするというよりは、自分でモノを作れる人間にならねばと危機感を覚えたのが始まりでした。会社員から大工見習いになったのは26歳の時なので、9年前(2019年現在)のことになります。

そもそもの大工見習いになった経緯

東京で会社員をして3年目、オフィスワークは結構向いていると思ったし、決して都会が嫌でもありませんでした。一方で、長い目で見てこのままお金を使い続ける生き方も、ちょっと違うなと危機感を感じ始めていました。

その頃たまたま訪ねた親方が、若い頃自転車で海外を旅行しており、自分も18歳から19歳にかけて自転車でアフリカを縦断したことがあったので「おお、お前もか」という感じで、受け入れて貰ったのがきっかけです。

最初は日当4000円だったので、月10万ほど。 さらに前年度の会社員の所得のせいで月々6万を税金で持って行かれるという生活保護を遙かに下回る状況。さらに手術をした直後で、あまり材料を持って力むと縫ったところがもう一回切れるのではないかと、ビクビクしながらのスタートでした。

今時は珍しく手刻みで土壁などをつけたりする割に、別に真壁ゴリゴリの伝統工法にこだわっているわけでもない、という少し変わった親方の下でお世話になり、製材所の建築部門を経て独立することになります。

会社員だった自分が見た大工の世界

かなり頭を使う

何の気なしに動いているように見えて、結構覚えることが多いです。基本的な工具の使い方や材料の特性は当然として、電気や設備についても作業の手順を理解していないと、仕事がスムーズに進みません。各業者の仕事内容も含めてよどみなく理解して、作業を組立てるのは、会社員の時と比べると、遙かに頭を使いました。仕事の内容が慣れてくると、お施主さんとの応対や、材料の原価積算、現場の管理、法律などの知識も求められるようになり、割とキリがありません。

失敗したときのダメージがリアル

会社員時代に計数管理をしていても、ミスは計算式がおかしいとか、資料が読みにくいとかいうレベルです。それにパソコン上のほとんどのミスはCtrl+Zで戻ります。かけた時間は失われますが、ファイルとして残しておけば、いずれ使えたりすることもあります。大工仕事でミスをすると、 費やした時間が失われるだけでなく、 加工したせいで使えなくなった材料が残ります。たまに怪我までしますので、かなりダメージがわかりやすい。

精神は健康

逆にメンタルの問題はあまりない印象です。職場の嫌な人間関係ってあると思うのですが、体を動かしているので結構発散されてしまいます。また、成果の見えない仕事や、する意味が分からない仕事ではなく、目の前のことを進めるため、仕事の意味が分かりやすいのもポイントかも知れません。

寡黙で無愛想だったりしますが、割とみな施主さんの為ならばということで頑張って仕事をします。逆に言うと暑い日寒い日、つらいこともあるので、作業自体が好きというだけでなく誰かのため、ということがないと続かないのです。

独立して思う、自分が充実感を感じること

自分が職人かというと・・・?

もう8年も建築業界にいて、そのほとんどを現場仕事でお金を頂いてきました。木を触るのは楽しいですし、目の前でモノができていく喜びはあります。けれど、自分の本質的な充実感はそこにはないとヒシヒシと感じていました。できることはできる、のですが、際限なく刃物の研ぎや施工技術を高めていき、最高のモノを作ろうというところに没頭しきれない自分がいて、大工として研鑽を積み続けられる周りの人間に、かなりコンプレックスを感じながら過ごしてきました。

現場を円滑に回すことが好き

一方で、建設現場で発生する様々な課題を解決して回ることには、喜びと適性を感じます。材料は足りるのか、設計は適切か、職人さんへ適切に連絡できているか、数量の読みは正しいのか。お客さんは喜んでいるのか、予算は適切だったのか、きちんとした対価が頂けるのか。様々なことを気にしながら、施工が滞らないように走り回る、というのは、生きている手応えがあります。

答えのない話を一緒に考えるのが面白い

家を建てるということは、耐久性や性能を担保しつつ、住む人が満足をする空間をつくることです。そのために何を使い、どのような人を集め、どれぐらいの予算をかけるのか、無数の通り道がある解のない問題を解く行為だと感じています。施主さんと一緒にそれを考えることを突き詰めていく、というのは生涯かけてやる価値があるなと思っています。

現場には引き続き出て行きますが、地味な仕事、人がやりたがらない仕事を中心にこなして、総合的に良い結果にするために最善を尽くす、ということに力を入れていくつもりです。 大工ではなく大工工事もできる人として、環境負荷の小さい家を作ること、資本を地域で循環させること、 快適で将来も見据えてお金のかからない家を作ることで、社会や建築業界やお客さんに貢献する、というのが今の自分の立ち位置だと考えています。

この記事を書いた人

田上知明

AFP・2級FP技能士 / 2級建築施工管理技士 / 省エネ建築診断士
東京で3年間の会社員勤務の後、自分の家を自力で建てることを志して、建築業界へ。自分の家を建てるはずが、お客さんの家ばかりを建て続けて、結局そのまま大工をするようにになってしまい、結婚を機に鳥取の智頭町へ移住。
美しい田舎で建てたり狩ったりしながら、ぼちぼち暮らしたいと思っていたが、意外と忙しいのと、自分の家がまだ建てられていないことが目下の悩み。